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旅 時々 Photo ところにより にわか雨 
旅行と写真好きな管理人が、旅に関する色々な情報を自分勝手に提供します。☆☆現地情報やツアー情報等満載☆☆
ペルーの旅 『出発 』 編

とうとう明日出発です。

3度目の正直で無事出発できそうです(たぶん)。
帰ってきたら、ペルーの旅を紹介していきます。

行ってきまーすっ189

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ペルーの旅 『 旅の準備 』 編 その4

両替に行ってきました。

ペルーの通貨ソルは日本で両替できないので、米ドルを持って行かなければなりません。

いつもは空港で両替する私たちですが、今回は、金券ショップで両替しました。
銀行のレートより数十銭お得です。
(私たちが買った金券ショップでは、銀行で売っている100ドル/200ドル/300ドルのパッケージが売っていました。)

それにしても、今回はいったいいくら用意したらよいのだー201
現地では日本円が使えないので、後から少しずつ両替っていうのが出来ないとのことなのです。
これがいやーなプレッシャーに238201
(でも、何となく今回はカードは使いたくない!)

現地空港税二人で104ドル!! 痛い!!





ギリシャ・イタリアの旅 『 アクロポリスの丘 』 編 その3


ヘロド・アティクス音楽堂 ( Odeon of Herodes Atticus ) ★☆☆


 
ヘロド・アティクス音楽堂
161年に建築されたローマ式の野外音楽堂。アクロポリス入り口の南斜面にある。
ギリシャ
文化を愛したアッテカの大富豪、ヘロド・アティクスが、亡き妻を偲んで
建造し、アテネに寄贈した。
1951年に復元され、現在も夏の間、アテネ・フェスティバルはじめ、様々な演劇、
コンサート、オペラ、ギリシャ古典劇等多くの催し物に利用されている。
エウメネスの柱廊でディオニソス劇場とつながっている。

現在でも使用されているだけあって、客席やステージはしっかりしていて、とても千数百年前の
建物とは思えません。昔も今も、同じ場所で同じように音楽などを楽しんでいたと思うと
ロマンを感じちゃいます。

ディオニソス劇場 ( Theatre of Dionysos ) ★☆☆
ディオニソス劇場
紀元前6世紀頃に建造されたギリシャ最古の劇場。
古代都市にはアクロポリスと劇場が必ずといっていいほどあり、古代アテネの劇場
はこのディオニソス劇場だった。1万5000人の観客を収容できる大きな劇場で、
観客席の最前列は貴賓席となっていた。
現在の劇場はローマ期に大改築されたもので、古典期の姿はあまりとどめていない。

ティオニソスとはギリシャ神話のワインと演劇の神で、毎年この劇場中心に
”ディオニソス祭”が行われていた。
かつては劇場南側にディオニソスを祀る神殿が2ヶ所あった。
半円形の舞台後方に半分だけ彫刻像とレリーフが残っている。
ディオニソスの一生をテーマにした見事な芸術作品である。

ヘロド・アティクス音楽堂の近くにあったのでとりあえず写真を撮りましたが、音楽堂に気を
奪われ、全く興味がありませんでした。今回、記事を書いて、音楽堂よりも更に古い劇場跡だと
知り、もう少しちゃんと見とけば良かったと思うレモンバジルでした。

ゼウス神殿 ( Temple of the Olympian Zeus ) ★☆☆
ゼウス神殿
アドリアヌス門のすぐ南にある、ゼウス神の聖域にある神殿跡。
2世紀、ローマ皇帝ハドリアヌスの時代に完成した。
かつては計104本ものコリント式柱が並び、それは美しく、威厳ある姿であったという。
現在はそのうち15本が残っている。

写真中央にあるのがそれです。遠くから見るとたいしたことない?と思ってしまうのですが、
そばを通ると1本1本の柱の大きさに驚きます。それを考えると、残っていてほしかったと
心から思います。


ヘファイストス神殿 (テセイオン) ★★☆
ヘファイストス神殿(古代アゴラ)
古代アゴラ内にある、ギリシャで最も原型を残している神殿。
アゴラとは現代ギリシャ語で”市場”を指すが、古代では ”
政治、宗教、文化的施設が
集中した所” という広い意味をもっていた。
建築時期はパルテノン神殿が建てられた頃とあまり変わらない。

この神殿の呼び名は、ヘファイストス神殿とテセイオン神殿の二通りある。
ヘファイストスはオリンポス12神の一人、鍛冶の神で、テセイオンはアテネ市の宗主
である。ヘラクレスやテセイオンの浮彫りが施されていたので、テセイオンの神殿と思わ
れていたが、最近の調査で、ヘファイストスを祀った神殿であることがわかった。
しかし、ギリシャの人々は、今も昔の名を呼び続けている。

ここはアクロポリスの丘からしか見なかったのですが、写真に写っている一体は
”古代アゴラ”といって古代遺跡が点在しているところです。
時間があれば、一度は行ってみたいところです。


ギリシャ・イタリアの旅 『 アクロポリスの丘 』 編 その2

パルテノン神殿 (Parthenon) ★★★
パルテノン神殿1

パルテノン神殿2

パルテノン神殿3
アクロポリスの丘の象徴。 紀元前438年に完成。
アテネの守護神、アテナを祀っている。
神殿には約50本のドリア式柱があり、柱は高さ10m、幅は下部で直径2mある。
建てられた当時は全体が彫刻像や、神話や古代歴史をテーマにした浮彫りで飾られた
一大芸術作品だったという。

パルテノン神殿の美しさの秘密は、緻密に計算された建築設計にある。
神殿は一見すると直線+平面の直方体に見えるが、実際には曲線と曲面で出来ている。
柱は中間にふくらみがあり、上部は細く、内側に傾いて建っている。
柱と柱の間隔は同じではないし、角の柱は他の柱より太く造られている。
また、神殿の床面は中央を高くしてある。
こういった工夫は、建物を美しく見せるためであり、また、現実的用途も充分に考慮
されている。柱の傾きは強度を上げて屋根の重みを支えるため。
床の盛り上がりは、雨水をはけやすくする目的で行われている。

荘厳というのか威風堂々というのか・・・。とにかくすばらしいです。圧倒されます。

神殿の周りには、壊れた柱がごろごろと・・。(こんなんでいいの?)
神殿の中には入れません。さらに、中は修復中で骨組みとかがあったので、
興ざめしないよう、わざと見ないふり見ないふり229

写真左は近くの丘から撮ったもの。
遠くからアクロポリスの丘だけを切り取って見ると、本当に自分のいる時間(時代)が
わからなくなります。この景色、最高です。
真ん中の写真はちょうど入り口を入ってすぐのところです。ちらばっている壊れた柱(?)から
視線を上げると、神殿が目の前に!!入ってくる人 入ってくる人順番に足を止め、
感嘆の声を上げます。

道を挟んで神殿のちょうど反対側にエレクティオンがあります。(道からは少し離れています)


エレクティオン (Erechtheion) ★★☆ 
エレクティオン
紀元前421年から約17年の歳月を費やして建設された、優美なイオニア式の
小さな神殿。パルテノン神殿の北側にある

イオニア式の柱と壁石に囲まれているアテナ・ポリアスの神室と、
ポセイドン・エレクトスの神室が複合した建物である。
南側には美しい6本の女性柱(カリア)が飾られている。
これらはアッテカ芸術の傑作といわれ、現在オリジナルはアクロポリス博物館と
大英博物館にある


パルテノン神殿が荘厳なら、こちらはもっと女性らしい感じがする、かわいい神殿です。
パルテノン神殿と比較して小さいことや、女人柱が飾られていることもありますが、う~ん、
なんというのか、かもし出す雰囲気がそうなのです。(なんて言葉の知らない私たち202
私たちが行った時はそばに行くことが出来ませんでした。残念っ。

どこの国に行っても、なぜか大英博物館の名前を耳にします。ちょっと複雑な気分・・・。
あるべき場所にある方が、やっぱりいいですものね。私たち旅人も、せっかくはるばる行って、
”オリジナルは大英博物館”と言われると、ちょっと悲しい。
そして私たちの頭の中の大英博物館(イメージ)、だんだんすごいことになってます201
一度は行ってみなくてはっ!
(行ったら行ったで、”世界中のものが一堂に集まっていてすばらしい”とか思ってしまうの
かな・・・。・・・。・・・。・・・。)

アクロポリス博物館 (Acropolis Museum) ★★☆
アクロポリス博物館1 アクロポリス博物館2
アクロポリス博物館3 アクロポリス博物館4
パルテノン神殿の東側にあり、アクロポリスの丘周辺で出土された遺品が展示されて
いる。先史時代からの発掘物もある。
主にパルテノン神殿が建てられた頃(アテネの最盛期)のものが多い。

アクロポリスの神殿群を飾っていたレリーフや彫像がたくさん展示されています。
一つ一つ見ていると、当時の人々の生活を感じることが出来ます。
神話をテーマにした作品が多く、中には ぷぷっ とふきだしてしまうものも(写真右上)。
顔もかわいい(?)し、腰から下はにょろにょろ長いし、気になる存在です。
(美術館、博物館の類に行くと人一倍、いや人十倍 時間がかかるレモン。ここから離れられず!)





ギリシャ・イタリアの旅 『 アクロポリスの丘 』 編 その1


アクロポリスの丘 (Acropolis) ★★★
アクロポリスの丘

アクロポリスの丘2
アクロポリスとは、 ” 高い丘の上の都市 ” という意味。 (アクロ=丘、ポリス=都市国家)古代この丘は神殿が建てられた聖域であり、ポリスの防衛の要塞でもあった。

アクロポリスの丘の歴史は古く、紀元前2800年頃の新石器時代から人々が住みはじめ、
紀元前1300年頃(青銅器時代末期)には城壁が築かれていた。

その後5世紀の間、ギリシャ全土が暗黒時代に入る。
紀元前6世紀に入り、破損や倒壊した建物などの修復作業が盛んに行われるが、
再びペルシヤ戦争で痛めつけられ、破壊状態となる。

ペルシャ軍の残虐行為を語り継ぐために、サラミス戦争で勝利をおさめた後も30年間、
荒れ果てたアクロポリスの丘を放置した。

紀元前447年、復興に執念を燃やした時の指導者ペリクレスは、最高の技術者、芸術家たちを終結させ、最高の建造物やポリスを造ろうと躍起となる。

しかし、紀元前431年にペロポネソス戦争が起こり、大規模な神殿計画は困難となる。
紀元前395年のエレクティオン神殿の完成までは何とかこぎつけた。

敗戦という憂き目にあったギリシャは、ローマ軍の配下の元に管理されることになる。そのため、アクロポリスは純粋なギリシャ建築だけでなく、ローマ式も入っているのである。

1453年にはオスマン・トルコがギリシャを支配し、ギリシャを舞台に数々の戦いが約400年間も続いたため、アクロポリスは戦いの犠牲になり貴重な建造物を失っていった。

とうとう来ました。アテネ189
現代の街の中心に、紀元前の神殿が浮かんでるーーーーーーーっ!!!!
写真やテレビでしか見たことのなかったその光景が目の前に。
そこだけ時の流れが止まっているようです。
なんか、本当に信じられない気分です。

あの有名な遺跡を肉眼で見ているんですよ。
しかも、紀元前の建築物ですよ。(バジルは興奮しきりです。)

丘の上からアテネの町を見下ろして、興奮もピークに達したレモンは、
石の壁(遺跡ではないですよ)にしがみつき、早くも結婚指輪を傷ものにしてしまいました。



ギリシャ・イタリアの旅 『 ギリシャ神話 』 編 その2

            - オリンポス12神 -

【ゼウスと兄弟姉妹】

ゼウス (英語名:ジュピター)
6人兄弟の末っ子だが、オリンポス神の最高神。天空だけではなく、全世界を支配する全能の神。
雷電を武器とする。浮気っぽい。

ハデス (プルートス)
ゼウスの兄。冥界の神(地下と死者の神)。冷酷非情な反面、厳格公正でもある。
彼が唯一愛したのが、春の女神ペルセポネ。

ポセイドン (ネプチューン)
ゼウスの兄。海の神であり、河川、泉、地震、馬の神でもある。馬を発明したので、競馬の守護神にもなっている。一見物静かに見えて、短気で怒りっぽい。三叉鉾をいつも手にしている。

ヘラ (ジュノー)
ゼウスの正妻。ゼウスの浮気に悩まされ、非常に嫉妬深いことで有名。結婚、出産、育児の神で
主婦と家庭生活の守り神として崇拝される。

デメテル (ケレス)
ゼウスの姉。農耕の神。豊作、凶作は彼女の気分次第で決まった。よく麦の穂を持った姿で現れる。ゼウスとの間に春の女神ペルセポネを生む。

ヘスティア (ヴェスタ)
ゼウスの兄弟姉妹の中の長子。かまどの神。12神の中で最も神聖な神として民衆の崇拝を受けた。穏やかで慈悲深い。


【ゼウスの子供たち】

アテナ (ミネルヴァ)
ゼウスとヘラの子。ゼウス最愛の子で、戦いの女神であり、知恵と純潔の女神である。
父から盾と雷を送られる。頭はいいが好戦的。

ヘファイストス (バルカン)
ゼウスとヘラの子。火と鍛冶の神。姿は神々の中で最も醜いといわれるが、一番美しい神と言われているアフロディーテを妻にめとっている。勤勉でまじめ。手にはハンマーとやっとこを持つ。

アレス (マース)
ゼウスとヘラの子。戦争の神。凶暴で流血を好んだので、神々からも人間からも嫌われた。
彼の従者に”恐怖” ”敗走” ”闘争”がいる。残忍で無思慮。アフロディーテとの不倫で
ハルモニア”和解 が生まれた。

アポロン (アポロ)
ゼウスとレトの子。太陽の神であり、音楽、学問、文芸の神である。竪琴と弓を持つ。
スポーツ万能、何故か失恋ばかりしている。シンボルの聖樹は月桂樹。

アルテミス (ディアナ)
ゼウスとレトの子。アポロンと双子の女神。月の神であり狩猟の神。潔癖症の処女神。男嫌いで
執念深い性格。いつも弓と矢筒をもつ。

ヘルメス (マーキュリー)
ゼウスとマイアの子。神々の使者。商業の神。頭の回転が早く、巧妙な策略家である。
2匹の蛇が巻きついた伝令の杖と鉢型の帽子と翼の付いたサンダルを身につけている。

アフロディーテ (ヴィーナス)
ゼウスとディオネの子。美と愛欲の女神。恋愛感情を起こさせる弓矢を持った息子エロスを連れている。

ディオニソス (バッカス)
ゼウスとセメレの子。ブドウとワイン、演劇の神。頭にはツタの冠やブドウのつるを付け、
ヒョウか小鹿の皮を着て、杖を持っている。野性的で激情的。12神には後から加えられた。


文献によって12神のメンバーが変わったり、少しずつ内容も変わったりするそうです。
ここではよく出てくる14人の神々について書いてみました☆



ギリシャ・イタリアの旅 『 ギリシャ神話 』 編 その1

ギリシャを旅をする上で、ギリシャ神話は欠かせないようなので、私たちも少し(ほ~んの少し229
勉強してみました。


【ギリシャの神々】

ギリシャの神の発生は、カオス混沌が生まれ、次にガイア大地エロスが生まれたことから始まる。
ガイアの子供クロノスは知性と力に恵まれ、世界を支配するようになる。
クロノスは3人の男神と3人の女神という子供に恵まれるが、自らの覇権が子供たちにより奪われることを恐れ、次々とのみこんでしまう。
唯一助かったのが、ゼウス。成人してから父クロノスに戦いを挑み勝利する。
腹の中から兄弟たちを救い出し、兄弟は力を合わせて、ともに天地を支配することになる。
神々は、オリンポスの山々に定住するようになったため、オリンポスの神々と呼ばれた。
神々のうち最も勢力のあるのが ゼウスの兄弟姉妹とゼウスの選ばれた子供たちで、
オリンポス12神 と呼ばれている。


 



ギリシャってこんな国


 ギリシャ国旗

【 国 名 】 ギリシャ共和国 (Hellenic Republic)

【 面 積 】 約13万1990km2 (日本の3分の1強)

【 人 口 】 約1,064万人

【 首 都 】 アテネ

【 言 語 】 ギリシャ語

【 通 貨 】 ユーロ (1€=161.31円 2007年4月現在)

【世界遺産】 ☆ バッサイのアポロ・エピクリオス神殿 (文化遺産)(1986年)
         ☆ デルフィの古代遺跡 (文化遺産)(1987年)
         ★ アテネのアクロポリス (文化遺産)(1987年)
         ☆ アトス山 (複合遺産)(1988年)
         ☆ メテオラ (複合遺産)(1988年)
         ☆ テッサロニーキの初期キリスト教とビザンチン様式の建造物群 
                                           (文化遺産)(1988年)
         ☆ エピダウロスの古代遺跡 (文化遺産)(1988年)
         ☆ ロードス島の中世都市 (文化遺産)(1988年)
         ☆ ミストラ (文化遺産)(1989年)
         ☆ オリンピアの古代遺跡 (文化遺産)(1989年)
         ☆ デロス島 (文化遺産)(1990年)
         ☆ ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及び
                       ヒオス島のネア・モニ修道院群 (文化遺産)(1990年)
         ☆ サモス島のピュタゴリオンとヘラ神殿 (文化遺産)(1992年)
         ☆ ヴェルギナの古代遺跡 (文化遺産)(1996年)
         ☆ ミケーネとティリンスの古代遺跡群 (文化遺産)(1999年)
         ☆ パトモス島の“神学者”聖ヨハネ修道院と
                    黙示録の洞窟の歴史地区(コーラ) (文化遺産)(1999年)

【航空会社】 オリンピック航空

【有名企業】 フォリフォリ        
         
【有 名 人】 アレクサンドロス3世 (古代マケドニア王・アレキサンダー大王)
        アルキメデス (数学者・円周率)
        ヘロドトス (歴史家 『 歴史 』 )
        プラトン (哲学者 『 国家 』 、 ソクラテスの弟子・アリストテレスの師)
        アリストテレス (哲学者)
        ソクラテス (哲学者)
        ピュタゴラス (哲学者・数学者・ピュタゴラスの定理(三平方の定理))
        ホメロス (詩人 『 イリアス 』 『 オデュッセイア 』 )
        マリア・カラス (ソプラノ歌手)
        ソティリオ・ブルガリ (ブルガリ創業者)

ギリシャ地図



ギリシャ・イタリアの旅 『 日程 』 編


【 旅の形 】  ツアー型 (JTB 『 エーゲ海ミニクルーズと永遠の都ローマ 』 )
【 飛行機 】  日本航空
【 ホテル 】  アテネ : アテネーム・インターコンチネンタル
           ローマ : スターホテル・ミケランジェロ
【 OPツアー】   ナポリ・ポンペイ1日観光
【 日 程 】  2002年5月20日~5月28日

1日目(5/20) 成田37→パリ37→アテネ (深夜ホテル着)
2日目(5/21) アテネ (午前:自由行動、午後:市内半日観光)
3日目(5/22) エーゲ海ミニクルーズ
4日目(5/23) アテネ37→ローマ (午後:ローマ市内半日観光)
5日目(5/24) ローマ (午前:市内観光、午後:自由行動)
6日目(5/25) ナポリ・ポンペイ1日観光
7日目(5/26) ローマ (終日:自由行動)
8日目(5/27) ローマ散策→夕方ローマ37→ミラノ37
9日目(5/28) →成田 


さぁ 出発ー189



ギリシャ・イタリアの旅 『旅の準備』 編

今回は、ギリシャ・イタリア37に行った時の事を書きたいと思います。

まず旅の形や目的(行きたい所、やってみたい事)を考えようってことに。
そんなわけで・・・

【旅の目的】 1.新婚旅行189
         2.地中海の青い海と空の中で幸せ気分にひたろう
         3.自分たちで街を歩きたい

行く先々で大小様々なトラブルに巻き込まれる私たち。
この旅では失敗できないと、今回初めてツアーに参加することにしました。
(これでスウェーデンのときのような、”ホテルが取れていない" なんてことはないはず。)

ということで、今回はツアー 『 エーゲ海ミニクルーズと永遠の都ローマの旅 』
申込みました。



スウェーデンってこんな国

 スウェーデン国旗

【 国 名 】 スウェーデン王国 (Kingdom of Sweden)

【 面 積 】 約44万9964km2

【 人 口 】 約905万人

【 首 都 】 ストックホルム

【 言 語 】 スウェーデン語

【 通 貨 】 スウェーデン・クローネ (1Skr=16.76円 2007年3月現在)

【世界遺産】 ★ ドロットニングホルムの王領地 (文化遺産) (1991年)
         ☆ ビルカとホーヴゴーデン      (文化遺産) (1993年)
         ☆ エンゲルスベリの製鉄所       (文化遺産) (1993年)
         ☆ タヌムの線刻画群          (文化遺産) (1994年)
         ☆ スクーグシュルコゴーデン     (文化遺産) (1994年)
         ☆ ハンザ同盟都市ヴィスビュー  (文化遺産) (1995年)
         ☆ ラポニアン・エリア         (複数遺産) (1996年)
         ☆ ルーレオーのガンメルスタード  (文化遺産) (1996年)
         ☆ カールスクローナの軍港     (文化遺産) (1998年)
         ☆ エーランド島南部の農業景観  (文化遺産)  (2000年)
         ☆ ファールンの大銅山地域      (文化遺産)  (2001年)
         ☆ ヴァールベリ・ラジオ放送局   (文化遺産)  (2004年)

【航空会社】 スカンジナビア航空

【有名企業】 ボルボ
         サーブ
         イケア
         エリクソン
         コスタ・ボダ
        
         
【有 名 人】 アルフレッド・ノーベル (化学者・実業家・ノーベル賞を提唱・ダイナマイト)
        ABBA (ミュージシャン)
        アニカ・ソレンスタム (女子プロ・ゴルフプレーヤー)
        アストリッド・リンドグレン (作家(長くつ下のピッピ))

スウェーデン地図


スウェーデンのお土産

スウェーデンで買ったお土産を紹介します。

コスタボーダ
NK(デパート)で買ったコスタ・ボーダのボウルです。
スウェーデンの有名なガラスメーカーです。
レモンがいた頃から、デザインはほぼ変わっていません。
スウェーデンを代表するもの(市庁舎、トナカイ、ニルスの不思議な旅、メイポール)が
模様となっています。


【スウェーデンガラス】
スウェーデン南部のスモーランド地方はスウェーデン有数の森林地帯ですが、
ガラスの王国としても有名です。ヴェクショーとカルマルの間には大小たくさんの
ガラス工場があり、その歴史は、16世紀頃までさかのぼります。
スウェーデンのガラス製造は、国王グスタフ・ヴァーサが産業の振興をはかる為
イタリアのベネチアからガラス職人を招いたことが始まりと言われています。
18世紀頃、林業や鉄の製造が衰退の一途をたどり、それにかわってガラス工業が注目されました。ガラス製造
に大量の薪の供給は不可欠で、豊かな森林のある
スウェーデン南部は最適な地域でした。


OrreforsやKosta、 Bodaなどが有名です。これらは別々の工場ですが、お互いに
提携しているそうです。
その他には、マッツ・ジョナソンモレロス(動物や植物の彫刻された置物)が有名です。
(この置物、重いっっ!)



ダーラナホース1 ダーラナホース2
様々なサイズのダーラナ・ホースたち。何気にいいお値段です。
一番大きいのは以前から持っていて、サイズごとに並べたくて今回買い揃えました。
大抵は写真左のようにして飾りますが、ちょっと逆らって後姿も撮ってみました179

【ダーラナホース】
ストックホルムの北西にあるダーラナ地方出身の民芸品です。
冬の間、山小屋に泊り込んで仕事をしていた男たちが、夜、家族のことを考えながら
焚き火で暖をとりつつ、なにげなく子供の土産にでもと彫っていたのがダーラナホースの
始まりといわれています。


スウェーデン織り1 スウェーデン織り2 スウェーデン織り3
テーブルクロスとテーブルセンター。どれもスウェーデンを代表するモチーフがデザイン
されていて、お気に入りです。
(汚すのが怖くてなかなか使えません201



ペルーの旅 『旅の準備』 編 その3

本日、ペルー旅行の日程表が届きました189!!
気持ちが盛り上がってまいりました!
出発まで残り2週間。

この週末は、本格的に準備をはじめなければと焦るレモンバジルでした。
(”珍しく”慎重です。いつもギリギリの二人にしては・・・)

ちなみに、この旅ではカロリーメイトとヴィダーinゼリーも持って行く予定。
エジプト以来の登場です。
体調不良の際には、とてもお役立ちです。


それにしても、成田で8時間282も過ごさなければならないとは・・・182
何をしたらいいのだろう・・・。(それだけで疲れてしまいそう240。)



ペルーの旅 『旅の準備』 編 その2
ペルー旅行出発まで、残り3週間を切りました。37

そろそろ準備を始めないとと思い必要なものをリストアップして行くと、
今までの旅には必要なかったものがボロボロと出てきました。
なんせ、標高3000m以上の高地で治安・衛生面もあまり良くないところですから229
(いつもは直前に荷造りをする私たちも少し警戒中です!)

今回は、マチュピチュを満喫するために、高山病対策を万全にすることに。
ネットで調べてみると、”飲む酸素”というものがあるらしく、かなり有効とのことでしたので、
持って行くことにしました。

今回購入したのは、エバニューのO2 PLUS DIRECTです。
水にこの液体を加えて飲むと、胃から酸素が吸収できるそうです183
普通のドラッグストアには売っていないので、登山用品店等を探してみてください。

効果のほどは、帰国後、記事でご報告いたします113


デンマーク・スウェーデンの旅 『 お勧めViewポイント 第1位 』


レモンバジルが独断偏見で選んだ お勧めViewポイント
栄えある第1位は、


1位221  市庁舎の塔の上からの風景 189189189
お勧めViewポイント第1位①

お勧めViewポイント第1位②

お勧めViewポイント第1位③

お勧めViewポイント第1位④

お勧めViewポイント第1位⑤

市庁舎の塔の上から、360度のパノラマ写真風に並べてみました。
順番に、ストックホルム中央駅~シェラトンホテル付近→国会議事堂~王宮
      →ガムラ・スタン→ソーダマルム→ストックホルム中央駅の北西方面?

う~ん・・・こんなにどんより曇り空だと、美しさが伝わりませんね・・。
でも、本当に本当~に綺麗なんですよ201



晴れた日には・・・
お勧めViewポイント第1位⑥

お勧めViewポイント第1位⑦
  
晴れると、ストックホルムの空と湖は、こんなに青く輝きます。

どこに行くにも雨雲を引き寄せてしまう私たち182
ストックホルム滞在5日のうち、晴れたのは結局、帰る日の朝だけでした。
・・・。 もう見事としか言いようがありませぬ。
悲しすぎー!でもこんなことに負けてられないと、最終日の朝、猛ダッシュで市庁舎の上まで
駆け上がりました。(帰りの飛行機の中で筋肉痛になったのは言うまでもなし・・・230



デンマーク・スウェーデンの旅 『 お勧めViewポイント 番外編 』


レモンバジルが独断偏見で選んだ お勧めViewポイント をランキング形式で
ご紹介します☆


番外編

シェラトンホテルからの風景
お勧めViewポイント番外編①



貴族の館から望む市庁舎の風景
お勧めViewポイント番外編②



③写真はないですが、地下鉄Zinkensdammの駅から北に徒歩数分の
 公園(Skinnarviks公園)からは、メーラレン湖、市庁舎、ガムラ・スタンが望めます。
 (レモンの家の近くです。 『レモンの思い出』 編 その1をご参考下さいませ。)


ガムラ・スタンからソーダマルムに向かう途中の景色
 ここからの景色は よく絵ハガキになっています。そんなに時間かからずにいけますよ。
 (ちょっとあやふやな表現になってしまいましたが、地図を見ていただくと分かりやすいと
 思います。 この二つの島のくっついている部分を歩いてみてください。)

お勧めViewポイント番外編④-1 お勧めViewポイント番外編④-2

 右の写真は、同じところを市庁舎から見た景色です☆
 左の端に写っている橋を歩いてみてくださいね。



デンマーク・スウェーデンの旅 『 お勧めViewポイント 第2位 』


レモンバジルが独断偏見で選んだ お勧めViewポイント をランキング形式で
ご紹介します☆


2位 スルッセンのカタリーナヒッセンからの風景

お勧めViewポイント第2位①

お勧めViewポイント第2位②


写真(上)のエレベーター(カタリーナヒッセン)を上がったところにあるレストランでは、
この絶景を楽しみながら食事が出来ます。
市庁舎とガムラ・スタンを同時に撮影できる最高のポイントです☆




デンマーク・スウェーデンの旅 『 お勧めViewポイント 第3位 』


レモンバジルが独断偏見で選んだ お勧めViewポイント をランキング形式で
ご紹介します☆


3位 スカンセンの上の広場からの風景
お勧めViewポイント第3位①

緑の向こうに新市街の景色を楽しむことができます☆


お勧めViewポイント第3位②


スカンセンの近くにある北方民族博物館をズームで撮影するとこんな感じに!
ドラキュラ城のように写ります☆ (ドラキュラ城を見たことはないですが・・・。曇り空だから?)



デンマーク・スウェーデンの旅 『 お勧めViewポイント 第4位 』


レモンバジルが独断偏見で選んだ お勧めViewポイント をランキング形式で
ご紹介します☆


4位 市庁舎の庭からの風景
お勧めViewポイント第4位①

お勧めViewポイント第4位②


ガムラ・スタンとよく絵ハガキになっている風景(写真下→番外編④)を同時に見ることが出来ます。
(それにしても天気が悪い・・・。これでは綺麗さが伝わるかなぁ・・・不安デス。)



デンマーク・スウェーデンの旅 『 お勧めViewポイント 第5位 』


レモンバジルが独断偏見で選んだ お勧めViewポイント をランキング形式で
ご紹介します☆



5位 スカンセンに向かう船からの風景
お勧めViewポイント第5位

ガムラ・スタンの街を湖から見ることが出来ます。



デンマーク・スウェーデンの旅 『レモンの思い出』 編 その3

Odenplanは、思い出の場所が一杯です。
引き続き ” 思い出の場所めぐり ” 『 学校編 ② 』 です。

①               ②               
スウェーデン思い出2-7 スウェーデン思い出2-10
①通っていた学校Rodabergsskolanの近くにある学校、Matteuskyrkaです。
(確かそんな名前202) 私の学校には体育館がなかったので、ジムのクラスの時には
この学校まで移動していました。 言葉が分からないので学校の詳しいシステムをあまり
把握しきれていなかったのですが、どうも私の学校は街の真ん中にある分校だったようです。
②は①の学校の隣のお菓子屋さん。なんとまぁ日本では考えられないことですが、
ジムのクラスではきついランニングや体操などはなく、ほとんどがゲームをして遊びました。
ゲームは自由参加で、休憩してお菓子を食べる子供も。(ちっちゃいガムやアメならOKです。)
そんな感じなので、当時クラスで運動会もどきのことをしても、鍛えられている(?!)日本人の
子供たちは優秀な成績をおさめました221。日本の学校で足が遅い方でも、ここではトップクラス。
夢のような体験が出来ます189


スウェーデン思い出2-9
前回紹介した、カロリンスカにくる研究者の家族が住む Wenner Gren Center です。
ここにはクラスメイトたちがたくさん住んでいるので、学校が終わるとよく寄り道していました。
(友達とも言葉が通じないのに、すっかり溶け込むわたし・・・。たとえ、言葉が解らないせいでクラスのいたずらっ子にいじわるを言われても、それすら何を言われているのか理解できないので、この際しらんぷりです。もちろん雰囲気で解ることもあるけれど。少しは心を強くしていないとやっていけません。でも、そんな時はいつも周りの友達が助けてくれました。相手もちょっとからかってみただけなので、翌日にはけろっと一緒に遊んでいます179。)


スウェーデン思い出2-8
地下鉄の駅Odenplanからすぐのところにある学校Gustav Vasa Kyrka です。
当時のストックホルムには人数が足りないため(?)、日本人学校はありませんでした。
ただ、毎週土曜日に日本人補習校がありました。
ここは、その補習校が現地の学校が休みの土曜日に、校舎をレンタルしていた学校です。
親の仕事の関係でストックホルムに滞在している子供たちだけではなく、日本人とのハーフの
子供たちもたくさん来ていました。
せっかく土曜日は休みなのに、またもOdenplanに通うことになり、つまんないなぁと思う
こともありましたが、帰国してからの私の国語力の低下っぷりを考えると、もし補習校が
なかったら恐ろしいことになってたなぁと思う今日この頃。(たった1年半なのに・・・)
覚えるのは遅いくせに、忘れるのは早いからなぁ・・・。



『世界・ふしぎ発見!』 古代マヤ遺跡最新リポート

マヤ文明はどのようにして生まれ、発展してきたのだろう・・・。
昨日のふしぎ発見はまたも私たちの心を引き付けるテーマでした。

古代四大文明は、全て大河の近くに発展してきました。
大河のないユカタン半島になぜ大きな文明が栄えたのか??


6500万年前(ちょうど恐竜が滅亡したと言われている頃)、ユカタン半島に巨大隕石が衝突。
巨大クレーターができました。
そしてそこに石灰岩質の土壌が堆積していきました。
長い時を経て、降った雨が地中にしみこみ、もともとの土壌と石灰岩質の土壌との
間に大きな空洞が出来ていきました。その後、空洞の上の土が何箇所も陥没し、
地中でつながった大きな泉がいくつもできました。その泉をセノーテといいます。


セノーテは、メキシコ ユカタン半島に300個ほど存在します。
セノーテの奥深くには洞窟があり、セノーテとセノーテは550kmにも及ぶ天然の
地下水路でつながっています。
文明はそのセノーテを中心に発展していきました。
他の文明にとっての大河の代わりをしたのです。

ちなみに、有名なマヤ遺跡『チチェン・イツァー』の近くにはユカタン半島最大といわれる
セノーテがあり、『チチェン・イツァー』とは、『泉のほとりのイツァー家』を意味するそうです。

マヤの人々にとって、セノーテは生活用水であり、信仰の対象でもありました。
そこでは様々な儀式が行われ(雨乞いの儀式など)、たくさんの奉げ物がされました。
又セノーテは、マヤの人々にとって地下世界と交信する神聖な場所でした。
彼らにとって地下世界とは天国と同じ意味があり、セノーテはその地下世界と最も
早く交信できる場所と考えられていました。
セノーテの底からは神にささげた財宝(金や宝石等)が発見されましたが、
驚いたことに、最も多く発見されたのは人骨でした。
生贄を投げ入れたり、高貴な人物を埋葬する場でもあったそうです。
(生贄を投げ入れた水を生活用水として利用するのには抵抗が・・・1826

一つの巨大隕石の衝突によってセノーテが生まれ、セノーテの水がジャングルを作り、
生命を育んで、そして人々の日々の営みが文明を築き上げていった。
これがマヤ文明誕生の秘密です。

マヤ文明は他の古代文明に比べると、まだまだ謎の多い文明なので、
これからの発見が楽しみです☆



デンマーク・スウェーデンの旅 『ストックホルム散策』 番外編 
ストックホルム散策に出かけようとホテルを出て、地下鉄のT-Centralen駅に
向かっていた時のこと。
ストックホルム中央駅付近に話をしている二人の女性が。
一人は日本人っぽい黒髪の女性。もう一人は白人で金髪の女性。

ストックホルムに住んでいる日本人かなぁと、何気なく眺めながら横を通り過ぎたら、
あれ!?、金髪の女性に見覚えが。

もう一度振り返ってよく見ると、

芸能人の鈴木蘭々ではないですか183
(最近あまりTVで見かけませんね・・・)

結局、声はかけなかったのですが、たぶん番組の撮影かなと思い、
日本に帰ってからしばらくはテレビの番組表をマメにチェックしていました。

帰国して1ヶ月後くらいに、スウェーデン関連のドキュメント番組があったので
見てみると、やはり鈴木蘭々がでていました。 (レモンは見れず・・・238

日本でも芸能人に会うことは滅多にないのに、日本から遠い海外、
しかも比較的日本人の行くことが少ないスウェーデンで芸能人に会うなんて、
ビックリでした。


デンマーク・スウェーデンの旅 『レモンの思い出』 編 その2

レモンのあやふや ”思い出めぐりの旅” はまだまだ続きます。
今回は  『 学校編 』 です。

場所はOdenplanの駅から少し歩いたところ。
普段はバスで通っていました。寝坊したときだけ、地下鉄とバスを駆使して行きました229
①               ②
スウェーデン思い出2-1 スウェーデン思い出2-2
①odenplanの駅のホームです。なぜかホームの真ん中に模型が展示してあります。
何の模型だったかちょっと思い出せません・・・。汽車だったかなぁ。
ストックホルムの地下鉄は色々絵が描かれていたり、楽しいですよ。
そして路線によっては、ホームは恐ろしく地下深くにあります。
日本と違って地震もなく、地盤が岩で硬いので可能なのでしょう。
それにシェルターにもなるそうです。(スウェーデンは永世中立国ではありませんが、冷戦
が終了するまで中立の立場をとってきました。中立の立場をとるということは、自分の身は
自分で守るということにもなります。  ちょっと脱線してしまいました・・・。)

②バス停を発見!今から考えると、バス停の場所も路線の番号も当時と全く変わっていません。
単にレモンの記憶があやふやで見つからなかったので、見つけたときには偶然再会した気分に
なったのです。ちなみにNo40のバスです。

私が通っていた学校です↓ 『 Rodabergsskolan
スウェーデン思い出2-3 スウェーデン思い出2-5 スウェーデン思い出2-6 スウェーデン思い出2-4
私が通っていた学校は現地校ですが(日本人学校やインターナショナルスクールではなく、
地元の学校という意味です)、少し特別なクラスがありました。
スウェーデンには世界的に有名なカロリンスカ研究所があります。そこには世界中から
研究者が集まってきます。その研究者の家族が住むセンターが近くにあったため、
この学校には特別クラス(英語クラス)があります。
私はセンターに住んでいたわけではありませんが、両親の粘り強い交渉の結果、
この学校に通うことが出来ました。

写真は学校の外観と内部。夏休み期間中で内装工事をしていたのですが、事情を説明すると
工事のおじさんが快く中に入れてくれました。
庭に学童保育のようなものが出来ていたこと以外はほとんど変わりがなく、懐かしく嬉しい
気持ちで一杯。帰りは離れがたくて涙ぐむほどでした。

一番右の写真は入口を入ってすぐのところです。階段を上がると教室のあるフロア、下は
食堂です。食堂では、宗教や体調に対応した特別メニューも用意されていました。



(おまけ)
英語クラスには、全く英語が話せない子供から、英語が母国語の子供までいました。
生徒たちの英語レベルに応じて、それぞれ違った時間割がくまれます。ちなみに私は全く
話せないので、”特別”英語クラスからスタートです。英語を英語で教えてくれます232202
英語クラスは3つのレベルに分かれます。(私は一番下=特別クラスから・・・。)
英語が話せる人は次のステップ、スウェーデン語の授業を受けます。そしてどちらもマスター
するとフランス語の授業が待っています。クラスメイトの中には、フランス人とスウェーデン人
のハーフで、アメリカで育ったって子も・・・。そんな人は母国語でない英語クラスを・・・と
なぜか私と同じスタートラインに。(あっもちろん一番上の英語クラスです。)
語学以外の授業は英語で行われます。
そしてさすがスウェーデン。福祉の国というとお年寄りをイメージしますが、子育て支援も
すばらしいです。学校にかかるお金はほとんどありません。
教科書も鉛筆もノートももらえます。そして、スウェーデン人ではない子供たちには、
それぞれの母国語の授業もあります。私にもちゃんと週1回の日本語授業が。
日本人の先生が来てくれます。
 


(おまけ)がずいぶん長くなってしまいました229
言葉が分からないのに学校に行くというのは、ストレスが溜まるときもありましたが、
それ以上に得るものが多く、友達もたくさん出来て私はあの学校が好きでした。
いろんな国の子供たちの中でおくる学校生活は、私のその後の人生をずいぶん
変えてくれました。言葉や文化の違いから、時にはクラス中で大喧嘩をしたりしたことも
今となってはいい思い出です。
     



ペルーの旅 『旅の準備』 編 その1

二人の憧れ、念願だったペルーへの旅。

実は、ペルーへの挑戦はこれで3度目です230

1度目、2年前のGWに予約しました。が、夏休みのほうが安い?なんて気になって、
     キャンセルしてしまいました。後に、あそこまでになると、GWも夏休みも、
     たとえ9月でも大して変わりがないことが判明。
     (キャンセルした時には、夏の料金がまだ出ていなかったのです)

2度目、去年です。7月に予約を入れ、気合を入れて準備して、出発まであと2日237!!。・・・。
     旅行社から連絡が来ました。後で書きますが、私たちのこの旅の目的は
     ”マチュピチュを堪能すること”です。なのに、
     「現地でデモの予定があります。電車が止まってマチュピチュに行けない可能性が
     あります。その場合、ひたすらクスコ待機となりますが、いいですか?」

     「よくなぁぁぁ~いっっっ!!!!238201

     ってことで、出発2日前にして旅は無くなりました240

そして今回、3度目の正直です。出発するまで気が抜けません。
(1回目は自業自得ですが、だってペルーって高いんですもん182

今回の旅の形や目的は・・・

【旅の目的】 1.マチュピチュを堪能する。
         2.そのために、マチュピチュの遺跡入り口にある、唯一のホテルに泊まる。 

南米なので今回の旅は、完全パッケージツアーに決めました179



『古代文明』 第9号

『古代文明』の最新号が出ました。
古代文明 第9号

今回は、空中都市 マチュピチュの記事が載っています。

実は、

GWにペルーに行く予定です237

リアルタイムの旅行記も書きたいなってことで、デンマーク・スウェーデン旅行記と同時進行で、
ペルーへの旅行計画についても書いていきたいと思います。
(実はペルーへの挑戦は、はこれで3度目です202


※ペルーに行かれたことがある皆さま、色々教えてください228



デンマーク・スウェーデンの旅 『レモンの思い出』 編 その1

既に度々お話していますが、レモンは子供の頃、家族でストックホルムに住んでいました。
それ程長くいたわけではありませんが、言葉もわからないくせに、毎日楽しく学校に通い、
すっかりとけこんでいました。言葉がわからないのにあまり不安に思うことがなかったのは、
両親がいてくれたからだと思います。(いえ、両親も言葉は・・・230。でも親が笑っていてくれると
子供は安心するものです239。)

今回、○年ぶりにストックホルムに戻ってきたので、昔のおぼろげな記憶を頼りに、
思い出の場所を巡ってみることにしました。
観光場所でもないのに、ひたすらレモンの思い出話を聞きながら、嫌な顔一つせず、
丸1日かけて一緒に探してくれたバジルに感謝です228
(ちなみにレモンは超方向音痴です。今住んでいる町は引っ越してきてもう3年がたつという
のに、まだ近所で迷子になる情けなさ・・・。そんな私の記憶といえば、そりゃあもう見事に
あやふやです6。思い出の地を探し出すのは至難の業なのです202。)

今回皆さんにお披露目したい場所は2箇所。
まずは、レモンの住んでいた家(アパート)からです。38

場所はSodermalm。市庁舎の斜め前!という好立地です189
最初はHuddingeというストックホルムからは少し離れた場所に住んでいたのですが、
また後日紹介する学校に通うため、引越してきました。
  ①
スウェーデン思い出1-1

  ②
スウェーデン思い出1-2

  ③
スウェーデン思い出1-3
①この一番手前が住んでいたアパートです。②は前を通り過ぎて反対側から撮影しました。
アパートの門を入り、建物の入り口の前を通り過ぎて振り返って撮ったのが③です。
夕日に映えて本当にキレイでした。189189189

そして、このアパートの一番のセールスポイントはなんといっても窓からの景色です。
見てくださいっっ!!!237178
スウェーデン思い出1-4

スウェーデン思い出1-5
当時はこの贅沢に慣れすぎて、ありがたみが分かっていませんでしたが、
もうこの景色は最高です。毎日こんな景色を見られるなら私の人生はそれだけで最高です。
実際は3階に住んでいたので、もっと向こうの街並みまで見渡せます。

ここからの景色は、季節ごとにいろんな顔を見せてくれます228

はだんだん日が長くなり、厚い雲が遠のいて、雲間から太陽の光がさして湖面も
キラキラ輝きます。(でもまだまだ寒いです!)

は青い空。ストックホルムの空の青は本当に美しいです。
そして以外にも夕焼けの時間も印象的です。白夜になるので、夕方のような時間帯が
長くなります。夜遅くまで外で遊ぶ子供たちの声が聞こえます。
(感覚が狂って、あぁもうこんな時間!って会話が日課になります。観光客にとっては珍しいし
観光するにも明るい時間が長いのは嬉しいことですが、この明るさ、寝不足になります。
特にシャッターや遮光カーテンはありませんから・・・202

は夏が終わってしまって、心になんとなく寂しさを感じます。窓の景色からも少しずつ
緑が減っていきます。長くて厳しい冬がある国の人々が感じるこの寂しさは、
私たちが考えるよりも大きいようです。(秋、冬は自殺者も増加傾向・・・。)

はあっという間にやってきます。メーラレン湖は凍ってしまいます。氷の厚さは車が通れる程。
時々、湖の真ん中でスケートをして楽しむ人を見かけましたが、わたしもせっかくなら
挑戦してみればよかったと、今になって後悔しています。
日中もほとんどずっと暗いままです。日照時間もさることながら、空は分厚い雲で覆われます。
私は短い期間の滞在なので、冬もクリスマスの飾り付けがキレイで好きでしたが、
やはり長年そこに住む人たちにとってこの太陽の少ない季節は厳しいようです。

最後に・・・

スウェーデン思い出1-6
ご近所のスーパーです。その頃からスウェーデンは環境問題に熱心に取り組んでいたので、
ビンや缶のリサイクルが定着していました。スーパーに持って行って専用の機械に投入すると、
お金が出てきます。それが、子供たちのおこずかいになるわけです。


今回の記事では長々と思い出話を書いてしまいました。きっと思い出めぐりPart2もこんな感じ
になるでしょう・・・。
このブログは旅行と写真関連をテーマにしていますが、スウェーデンは特別っということで、
こんな形の記事にしてみました☆



デンマーク・スウェーデンの旅 『ストックホルム散策』 編 その2

『ストックホルム散策』 編 、次は新市街へ。
新市街

国会議事堂の前をガムラ・スタンと反対方向へ進むと、女王の通り ”ドロットニング通り” に
なります。
こちらは新市街です。ガムラ・スタンと違い、建物も近代的で買い物を楽しむ市民や
観光客で賑わっています。
ドロットニング通り 68
ストックホルム散策2-5

ドロットニング通りをさらに北へ向かうと、ストックホルムで最も近代的なビルが並ぶ
ストックホルムの中心広場 『セルゲル広場』 に到着します。
ここは、地下鉄の2路線が交差する ”T-Centralen”駅を出たところで、広場のすぐ前に
デパートもあり、この広場からヒュートリエットまでは市民のショッピングゾーンと
なっています。
セルゲル広場 68② 
ストックホルム散策2-2

ストックホルム散策2-1

セルゲル広場とヒュートリエットをつなぐ "セルゲル通り" は、CDショップやスポーツ店など
若者向けの店が立ち並んでいます。
セルゲル通り 68
ストックホルム散策2-4

セルゲル通りの突き当たりにある広場が ”ヒュートリエット” です。
ここでは市場が開かれ、色とりどりの花や果物や野菜が山積みになって売られています。
隣接する建物の地下に入っていくと、そこには魚やお肉の市場があります。
ヒュートリエット 68
ストックホルム散策2-7
レモンは週末になると、両親に連れられて、よくここに買い物に来ました。

魚屋には、日本では見られない、巨大な口と異様に長い体をした深海魚のような、
日本の子どもの魚のイメージをぶち壊すようなもの(魚)がたくさん売られていました。
バルト海には、なんて恐ろしいものがいるんだろうと思っていました。

肉屋では、日本の半額か3分の1の値段で肉が売られていました。
胃袋のサイズが違うのかいつも巨大な肉の塊を買うことになり、週末はいつも
ぶ厚いステーキが食卓に並びました。
(量り売りなのですが、私たちの言う量がスウェーデン人にとってあまりにも少なすぎて
言いにくいらしく、母はつい大買いをしてしまうのです。)

そして最後に地上に出て、リンゴ264を一人一つ買い、かじりながら帰りました。

クングス通り 68
ストックホルム散策2-3

ヒュートリエットに面している ”クングス通り” は、王の通りという意味です。



デンマーク・スウェーデンの旅 『ストックホルム散策』 編 その1

『 ストックホルム散策 』 編 、まずはガムラスタン方面から。

ガムラスタン地図


ある日の私たち。
外はまたも3。 ・・・202。  毎日毎日333。 もう泣きたい・・・240

いえいえ、こんなことに負けてられませんっ。
ってことで、ガムラスタンに散歩に行くことに。

まずはホテルをでてヴァーサ橋を渡ります。渡ったところでパチリ68。①
貴族の館
ストックホルム散策7

ストックホルム散策5

貴族の館は・・・普通の建物でした。 周りの他の建物も中世ヨーロッパの雰囲気が
漂っているので、特別貴族の館がどうだってことはありません。
でも、周りの木々と調和がとれてたなぁ。

そこから少し歩いて、右を向いてパチリ68。②
リッダーホルム教会
ストックホルム散策4
リッダーホルメン島にあるリッダーホルム教会が見えます。
塔の上部分の黒いアミアミが特徴です。
ストックホルムには無数に教会がありますが、この塔のおかげですぐに
見つけることができます。
この教会は、ストックホルム最古の建造物の一つです。

このあとは、ガムラ・スタン近辺を行ったり来たり。
先ほど通ったヴァーサ橋からパチリ68。③
オペラ座
ストックホルム散策1
一番奥に見えるのがオペラ座です。
レモンの弟は子供の頃、この湖岸に通いつめて魚釣りをしていました。
極寒の中、粘りに粘って大ーきなサーモン276を吊り上げました。
家に帰ってきたときのあの嬉しそうな、得意げなキラキラした顔が忘れられません179

上の写真で右端に少しだけ見えているのが国会議事堂です。
ということで、国会議事堂へ。色んな方向からパチリ68。④⑤⑥
国会議事堂            
 ④
ストックホルム散策6

 ⑤
ストックホルム散策2

 ⑥
ストックホルム散策3

④の国会議事堂の正面を抜けるとガムラ・スタンが始まります。





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