FC2ブログ
旅 時々 Photo ところにより にわか雨 
旅行と写真好きな管理人が、旅に関する色々な情報を自分勝手に提供します。☆☆現地情報やツアー情報等満載☆☆
デンマーク・スウェーデンの旅 『レモンの思い出』 編 その2

レモンのあやふや ”思い出めぐりの旅” はまだまだ続きます。
今回は  『 学校編 』 です。

場所はOdenplanの駅から少し歩いたところ。
普段はバスで通っていました。寝坊したときだけ、地下鉄とバスを駆使して行きました229
①               ②
スウェーデン思い出2-1 スウェーデン思い出2-2
①odenplanの駅のホームです。なぜかホームの真ん中に模型が展示してあります。
何の模型だったかちょっと思い出せません・・・。汽車だったかなぁ。
ストックホルムの地下鉄は色々絵が描かれていたり、楽しいですよ。
そして路線によっては、ホームは恐ろしく地下深くにあります。
日本と違って地震もなく、地盤が岩で硬いので可能なのでしょう。
それにシェルターにもなるそうです。(スウェーデンは永世中立国ではありませんが、冷戦
が終了するまで中立の立場をとってきました。中立の立場をとるということは、自分の身は
自分で守るということにもなります。  ちょっと脱線してしまいました・・・。)

②バス停を発見!今から考えると、バス停の場所も路線の番号も当時と全く変わっていません。
単にレモンの記憶があやふやで見つからなかったので、見つけたときには偶然再会した気分に
なったのです。ちなみにNo40のバスです。

私が通っていた学校です↓ 『 Rodabergsskolan
スウェーデン思い出2-3 スウェーデン思い出2-5 スウェーデン思い出2-6 スウェーデン思い出2-4
私が通っていた学校は現地校ですが(日本人学校やインターナショナルスクールではなく、
地元の学校という意味です)、少し特別なクラスがありました。
スウェーデンには世界的に有名なカロリンスカ研究所があります。そこには世界中から
研究者が集まってきます。その研究者の家族が住むセンターが近くにあったため、
この学校には特別クラス(英語クラス)があります。
私はセンターに住んでいたわけではありませんが、両親の粘り強い交渉の結果、
この学校に通うことが出来ました。

写真は学校の外観と内部。夏休み期間中で内装工事をしていたのですが、事情を説明すると
工事のおじさんが快く中に入れてくれました。
庭に学童保育のようなものが出来ていたこと以外はほとんど変わりがなく、懐かしく嬉しい
気持ちで一杯。帰りは離れがたくて涙ぐむほどでした。

一番右の写真は入口を入ってすぐのところです。階段を上がると教室のあるフロア、下は
食堂です。食堂では、宗教や体調に対応した特別メニューも用意されていました。



(おまけ)
英語クラスには、全く英語が話せない子供から、英語が母国語の子供までいました。
生徒たちの英語レベルに応じて、それぞれ違った時間割がくまれます。ちなみに私は全く
話せないので、”特別”英語クラスからスタートです。英語を英語で教えてくれます232202
英語クラスは3つのレベルに分かれます。(私は一番下=特別クラスから・・・。)
英語が話せる人は次のステップ、スウェーデン語の授業を受けます。そしてどちらもマスター
するとフランス語の授業が待っています。クラスメイトの中には、フランス人とスウェーデン人
のハーフで、アメリカで育ったって子も・・・。そんな人は母国語でない英語クラスを・・・と
なぜか私と同じスタートラインに。(あっもちろん一番上の英語クラスです。)
語学以外の授業は英語で行われます。
そしてさすがスウェーデン。福祉の国というとお年寄りをイメージしますが、子育て支援も
すばらしいです。学校にかかるお金はほとんどありません。
教科書も鉛筆もノートももらえます。そして、スウェーデン人ではない子供たちには、
それぞれの母国語の授業もあります。私にもちゃんと週1回の日本語授業が。
日本人の先生が来てくれます。
 


(おまけ)がずいぶん長くなってしまいました229
言葉が分からないのに学校に行くというのは、ストレスが溜まるときもありましたが、
それ以上に得るものが多く、友達もたくさん出来て私はあの学校が好きでした。
いろんな国の子供たちの中でおくる学校生活は、私のその後の人生をずいぶん
変えてくれました。言葉や文化の違いから、時にはクラス中で大喧嘩をしたりしたことも
今となってはいい思い出です。
     



デンマーク・スウェーデンの旅 『レモンの思い出』 編 その1

既に度々お話していますが、レモンは子供の頃、家族でストックホルムに住んでいました。
それ程長くいたわけではありませんが、言葉もわからないくせに、毎日楽しく学校に通い、
すっかりとけこんでいました。言葉がわからないのにあまり不安に思うことがなかったのは、
両親がいてくれたからだと思います。(いえ、両親も言葉は・・・230。でも親が笑っていてくれると
子供は安心するものです239。)

今回、○年ぶりにストックホルムに戻ってきたので、昔のおぼろげな記憶を頼りに、
思い出の場所を巡ってみることにしました。
観光場所でもないのに、ひたすらレモンの思い出話を聞きながら、嫌な顔一つせず、
丸1日かけて一緒に探してくれたバジルに感謝です228
(ちなみにレモンは超方向音痴です。今住んでいる町は引っ越してきてもう3年がたつという
のに、まだ近所で迷子になる情けなさ・・・。そんな私の記憶といえば、そりゃあもう見事に
あやふやです6。思い出の地を探し出すのは至難の業なのです202。)

今回皆さんにお披露目したい場所は2箇所。
まずは、レモンの住んでいた家(アパート)からです。38

場所はSodermalm。市庁舎の斜め前!という好立地です189
最初はHuddingeというストックホルムからは少し離れた場所に住んでいたのですが、
また後日紹介する学校に通うため、引越してきました。
  ①
スウェーデン思い出1-1

  ②
スウェーデン思い出1-2

  ③
スウェーデン思い出1-3
①この一番手前が住んでいたアパートです。②は前を通り過ぎて反対側から撮影しました。
アパートの門を入り、建物の入り口の前を通り過ぎて振り返って撮ったのが③です。
夕日に映えて本当にキレイでした。189189189

そして、このアパートの一番のセールスポイントはなんといっても窓からの景色です。
見てくださいっっ!!!237178
スウェーデン思い出1-4

スウェーデン思い出1-5
当時はこの贅沢に慣れすぎて、ありがたみが分かっていませんでしたが、
もうこの景色は最高です。毎日こんな景色を見られるなら私の人生はそれだけで最高です。
実際は3階に住んでいたので、もっと向こうの街並みまで見渡せます。

ここからの景色は、季節ごとにいろんな顔を見せてくれます228

はだんだん日が長くなり、厚い雲が遠のいて、雲間から太陽の光がさして湖面も
キラキラ輝きます。(でもまだまだ寒いです!)

は青い空。ストックホルムの空の青は本当に美しいです。
そして以外にも夕焼けの時間も印象的です。白夜になるので、夕方のような時間帯が
長くなります。夜遅くまで外で遊ぶ子供たちの声が聞こえます。
(感覚が狂って、あぁもうこんな時間!って会話が日課になります。観光客にとっては珍しいし
観光するにも明るい時間が長いのは嬉しいことですが、この明るさ、寝不足になります。
特にシャッターや遮光カーテンはありませんから・・・202

は夏が終わってしまって、心になんとなく寂しさを感じます。窓の景色からも少しずつ
緑が減っていきます。長くて厳しい冬がある国の人々が感じるこの寂しさは、
私たちが考えるよりも大きいようです。(秋、冬は自殺者も増加傾向・・・。)

はあっという間にやってきます。メーラレン湖は凍ってしまいます。氷の厚さは車が通れる程。
時々、湖の真ん中でスケートをして楽しむ人を見かけましたが、わたしもせっかくなら
挑戦してみればよかったと、今になって後悔しています。
日中もほとんどずっと暗いままです。日照時間もさることながら、空は分厚い雲で覆われます。
私は短い期間の滞在なので、冬もクリスマスの飾り付けがキレイで好きでしたが、
やはり長年そこに住む人たちにとってこの太陽の少ない季節は厳しいようです。

最後に・・・

スウェーデン思い出1-6
ご近所のスーパーです。その頃からスウェーデンは環境問題に熱心に取り組んでいたので、
ビンや缶のリサイクルが定着していました。スーパーに持って行って専用の機械に投入すると、
お金が出てきます。それが、子供たちのおこずかいになるわけです。


今回の記事では長々と思い出話を書いてしまいました。きっと思い出めぐりPart2もこんな感じ
になるでしょう・・・。
このブログは旅行と写真関連をテーマにしていますが、スウェーデンは特別っということで、
こんな形の記事にしてみました☆



デンマーク・スウェーデンの旅 『ストックホルム散策』 編 その2

『ストックホルム散策』 編 、次は新市街へ。
新市街

国会議事堂の前をガムラ・スタンと反対方向へ進むと、女王の通り ”ドロットニング通り” に
なります。
こちらは新市街です。ガムラ・スタンと違い、建物も近代的で買い物を楽しむ市民や
観光客で賑わっています。
ドロットニング通り 68
ストックホルム散策2-5

ドロットニング通りをさらに北へ向かうと、ストックホルムで最も近代的なビルが並ぶ
ストックホルムの中心広場 『セルゲル広場』 に到着します。
ここは、地下鉄の2路線が交差する ”T-Centralen”駅を出たところで、広場のすぐ前に
デパートもあり、この広場からヒュートリエットまでは市民のショッピングゾーンと
なっています。
セルゲル広場 68② 
ストックホルム散策2-2

ストックホルム散策2-1

セルゲル広場とヒュートリエットをつなぐ "セルゲル通り" は、CDショップやスポーツ店など
若者向けの店が立ち並んでいます。
セルゲル通り 68
ストックホルム散策2-4

セルゲル通りの突き当たりにある広場が ”ヒュートリエット” です。
ここでは市場が開かれ、色とりどりの花や果物や野菜が山積みになって売られています。
隣接する建物の地下に入っていくと、そこには魚やお肉の市場があります。
ヒュートリエット 68
ストックホルム散策2-7
レモンは週末になると、両親に連れられて、よくここに買い物に来ました。

魚屋には、日本では見られない、巨大な口と異様に長い体をした深海魚のような、
日本の子どもの魚のイメージをぶち壊すようなもの(魚)がたくさん売られていました。
バルト海には、なんて恐ろしいものがいるんだろうと思っていました。

肉屋では、日本の半額か3分の1の値段で肉が売られていました。
胃袋のサイズが違うのかいつも巨大な肉の塊を買うことになり、週末はいつも
ぶ厚いステーキが食卓に並びました。
(量り売りなのですが、私たちの言う量がスウェーデン人にとってあまりにも少なすぎて
言いにくいらしく、母はつい大買いをしてしまうのです。)

そして最後に地上に出て、リンゴ264を一人一つ買い、かじりながら帰りました。

クングス通り 68
ストックホルム散策2-3

ヒュートリエットに面している ”クングス通り” は、王の通りという意味です。



デンマーク・スウェーデンの旅 『ストックホルム散策』 編 その1

『 ストックホルム散策 』 編 、まずはガムラスタン方面から。

ガムラスタン地図


ある日の私たち。
外はまたも3。 ・・・202。  毎日毎日333。 もう泣きたい・・・240

いえいえ、こんなことに負けてられませんっ。
ってことで、ガムラスタンに散歩に行くことに。

まずはホテルをでてヴァーサ橋を渡ります。渡ったところでパチリ68。①
貴族の館
ストックホルム散策7

ストックホルム散策5

貴族の館は・・・普通の建物でした。 周りの他の建物も中世ヨーロッパの雰囲気が
漂っているので、特別貴族の館がどうだってことはありません。
でも、周りの木々と調和がとれてたなぁ。

そこから少し歩いて、右を向いてパチリ68。②
リッダーホルム教会
ストックホルム散策4
リッダーホルメン島にあるリッダーホルム教会が見えます。
塔の上部分の黒いアミアミが特徴です。
ストックホルムには無数に教会がありますが、この塔のおかげですぐに
見つけることができます。
この教会は、ストックホルム最古の建造物の一つです。

このあとは、ガムラ・スタン近辺を行ったり来たり。
先ほど通ったヴァーサ橋からパチリ68。③
オペラ座
ストックホルム散策1
一番奥に見えるのがオペラ座です。
レモンの弟は子供の頃、この湖岸に通いつめて魚釣りをしていました。
極寒の中、粘りに粘って大ーきなサーモン276を吊り上げました。
家に帰ってきたときのあの嬉しそうな、得意げなキラキラした顔が忘れられません179

上の写真で右端に少しだけ見えているのが国会議事堂です。
ということで、国会議事堂へ。色んな方向からパチリ68。④⑤⑥
国会議事堂            
 ④
ストックホルム散策6

 ⑤
ストックホルム散策2

 ⑥
ストックホルム散策3

④の国会議事堂の正面を抜けるとガムラ・スタンが始まります。



デンマーク・スウェーデンの旅 『スカンセン』 編


スカンセン野外博物館 (SKANSEN) ★★☆
スカンセン2 スカンセン3 スカンセン4 スカンセン1   
1891年、民俗学者ハッセリウスがスウェーデンの伝統的な建築物を後世に伝えようと
建設した、世界初の野外博物館。
スウェーデン人の懐かしい心の故郷だ。10310338103

全国から約150棟の建物が集められ、30万㎡の広大なスカンセンを一巡すると、
1500年代の農家、豪族の邸宅、教会、ガラス工場、雑貨屋などの建物があちこちに
見られる。
内部では、糸つむぎ、織物など古き良き時代の職人技を実演で見せてくれる。


スカンセンは、日本で言えば、”明治村”みたいなものです229
(関西・中部以外の人には、わからないかも・・。)
広大な敷地に昔の建物があって、建物の内部などを見学しながら園内をまわっていきます。
バジル的には[ ★☆☆ ]ですが、レモンにとっては心の故郷なので[ ★★☆ ]を付けました。

ここは、小さな子供からお年寄りまでストックホルムの人々が集うところです。
ゲートを入ると独特(シナモン?)の香りが漂ってきます。
伝統のパンのにおいです。
レモンも何度か子供の頃に遊びに来て、このパンをほおばりました。
味は・・・微妙です230

上の広場には、アイスクリーム屋さんや当て物屋さんがあります。
レモンの弟がここで大きなダーラナホース279を当てた素敵な思い出があります72
ちなみに当時、スウェーデンのアイスクリーム屋さんでは、全国どの店でも全く同じ
メニューボードしかなく、約20種類の同じアイスクリームしか売ってませんでした228

スカンセンは、すごく広いので、しっかり回ろうと思えば1日がかりです。
ちょっとストックホルムに立ち寄っただけでは行くのは難しいですが、上の広場からは
ストックホルムの街が一望できるので、一度時間を割いて行く価値はあると思います。



デンマーク・スウェーデンの旅 『ガムラ・スタン』 編


旧市街ガムラ・スタン(GAMLA STAN) ★★★
ガムラスタン3

ガムラスタン1

ガムラスタン2
ガムラ・スタンは王宮のある”スタッスホルメン島”、リッダーホルム教会のある
”リッダーホルメン島”、国会議事堂のある”ヘルゲアンズホルメン島”の一帯をさす。
1252年、ビリエール・ヤールスがスタッスホルメン島に城壁を築き、その城壁に
囲まれた地に人々が住み始めた。それがストックホルムの紀元である。
その後15世紀に城壁が取り除かれるまで、人々は狭い城壁内にひしめいて
暮らした。
その後、地盤上昇などで島が次第に広くなっていき、同時に街も発展していった。
ガムラ・スタンの目抜き通りヴェステルロングガータンは、歩行者天国になっており、
レストランやカフェテリア、伝統的な手芸品店などが並ぶ。


ガムラ・スタンは、古い石畳の、曲がりくねった細い道を人々が行きかい、まさに”中世の街”
といった感じです。そしてそこに小さなお土産やさんや、アンティークショップなどが軒を
連ねています。同じ歩行者天国でも、ブランド店やデパートが並んでいるコペンハーゲンの
ストロイエとはまたおもむきが異なります。

ここは散策しているだけで古いヨーロッパを感じることが出来るので、
スウェーデン滞在中は何度も何度も通いました237。お気に入りです189
色んな小さなお店を探すのも楽しいですし、有名な観光箇所もたくさんあります。
ストックホルムに来るツアーに参加すると、大抵ここガムラ・スタンとドロットニングホルム宮殿
をまわるようです。

レモンはストックホルムに在住中、よく家族でここを歩きました。
いつも見に行くアンティークのお店、伝統ある紅茶のお店、たくさんのかわいいお土産のお店、
いつもわくわくして歩きました。家族4人の大好きな街です。
お店めぐりをやめて、湖岸沿いを歩くのも◎です。景色が本当に素敵189です。
何度歩いても飽きることがない!
今回もうれしーーーい気持ちいっぱーーーーいで歩きました237



デンマーク・スウェーデンの旅 『王宮』編

王宮 (KUNGLIGA SLOTT) ★★☆
王宮1

王宮5

王宮7
13世紀に城壁が造られていた位置にある。1523年にグスタフ・ヴァーサ王が即位して
ここを居城として定めて以来、増改築が繰り返され、1754年に現在の形となった。
代々王室の居城として使われてきたが、現王室はお子様たちにふさわしい環境へと、
1982年に郊外のドロットニングホルム宮殿に移られた。 
現国王のカール・グスタフ16世は宮殿からこの王宮に通って執務を行っている。
王宮の中庭では12時15分~衛兵交替式が見られる。

この王宮の外観からは”重厚”といった言葉がぴったり当てはまります228
でも、この王宮が一番王宮らしく見える姿は上空から見た姿だと思います189
これぞ王が住まう宮殿!!といった感じです。
内部には600室以上もの部屋があって、やはり豪華です。
一番印象に残っているのは、超巨大シャンデリアのある部屋。
あれは、いったいどうやって支えているのだろうか・・・。
レモンは昔も今回の旅でも、王宮内部の印象は?と聞かれると、このシャンデリアのあった
部屋を真っ先に思い出します。

<衛兵交替式>
王宮6

王宮2
衛兵交替式は、すぐ近くを馬に乗った衛兵さんが通って迫力満点。
でも、衛兵さんが通った後にはあるものが・・・183

馬のウ○チくんです。

この日も雨で、ナイススメルでした234
昔のヨーロッパはこんな感じだったのでしょうか?



デンマーク・スウェーデンの旅 『市庁舎』 編


ストックホルム市庁舎 (STADSHUSET) ★★★
ストックホルム市庁舎1

ストックホルム市庁舎2
毎年12月10日に開かれる、ノーベル賞受賞祝賀晩餐会の会場として有名。
建築家ラグナル・オストベリィによって1923年に建てられた。
イタリアヴェニスのドゥカーレ宮殿の影響を受けた建築となっている。
ノーベル賞受賞晩餐会の料理は、市庁舎内のレストランで味わうことが出来る。
また、毎週土曜日にはこの市庁舎で結婚式が挙げられる。

メーラレン湖のほとりにあって、湖面にその姿が映ってとても素敵です。
塔の上には王冠が輝いています。ここは夏季期間は登ることが出来ます。
上からはストックホルムの街が一望できて本当に感動します。
(また上からの眺望を紹介したいと思います。星3つ★★★です!237189

おまけ:ノーベル賞授与式は、平和賞を除く5部門がここストックホルムの
     コンサートホールで行われます。
     平和賞はノルウェーのオスロ市庁舎で行われます。



<ブルーホール>
ストックホルム市庁舎3

ストックホルム市庁舎4
ノーベル賞の晩餐会が開かれる会場。 
ブルーホールの名前の由来は、建築家ラグナル・オストベリィが、広間の高い窓から
青空の自然光が入るように設計したからとも、当初青い装飾をしようと計画していたから
とも言われている。(色んな資料に微妙に違った感じで書かれています。・・230

晩餐会当日にはこの広間に1000人以上の人々が集まる。
受賞者は写真の階段を伝ってホールへと降りてくる。そして着席。国王が乾杯を行う。
ホール中央、長テーブルの貴賓席に、受賞者やその配偶者、王族などが
男女交互に座る。


受賞者はホールから数段上がり、右に折れる踊り場で受賞のスピーチを行います。
世界で1番と言われる賞を受賞しての、スピーチをする気分とはどんなものなんだろう。


<黄金の間>
ストックホルム市庁舎5

ストックホルム市庁舎
ノーベル賞受賞パーティの舞踏会が開かれる会場。
広間の壁は約1900万枚の金箔で飾られている。

<市議会会議場>
ストックホルム市庁舎
ヴァイキング・ルネッサンス様式の天井。
あまり知られてはいませんが、行かれた方はぜひ上を見上げてください。必見です!




ノーベル賞の晩餐会が行われるところだぁとミーハー気分でブルーホールに
入っていくと、

んん??

以外に質素。

ノーベル賞の晩餐会シーンを覚えているわけではなかったですが、
勝手にすごく華やかな場所をイメージしていました。
(質素?質素と言ったの?231!! それは晩餐会シーンを見ていないからだっ!
                              by スウェーデンびいき→レモン)

ちょっと拍子抜けをしてそのまま、見学コースを回っていくと、
目の前にその名の通り、豪華な『金の間』が現れ、そのきらびやかさに
圧倒されてしまいました。 (質素なんていってゴメンナサイ。)
ノーベル賞をとった人はやっぱりこのくらいのところでパーティをしないとと
訳のわからない理由で妙に納得。

ブルーホールの大階段を下りてブルーホールに向かっている頃には、
もうノーベル賞受賞者気分の二人なのでした。




デンマーク・スウェーデンの旅 『ドロットニングホルム宮殿』 番外編

ストックホルムからドロットニングホルム宮殿の船の中での話しです。

何故か、日本人がいっぱい。
話かけてきたおばさんの話では、北欧を回っているツアーとのことでした。
日本人がほとんどいないはずのスウェーデンで何故か日本人がいっぱいの船に乗っている。
すごくふしぎな気分でした。

そんなこんなで、席に座っていると前に座っていた外国人のおばあさんが話かけてきて
最初は「どこから来たの」等と世間話をしていたのですが、
急に「ピカチュウって知ってる?」と聞かれ、知っていると応えると、折り紙を出して
「私、ピカチュウを作れるのよ。」と言って、作り始めました。
聞くと、ロシアでもピカチュウが人気で、ピカチュウを作ってあげると孫が大喜びする
らしいのです。

そうこうしてるうちに、ピカチュウが完成。その完成度は・・・

まさにピカチュウ。

日本人でも折り紙でピカチュウを作れる人は少ないだろうに。

ロシアのおばあちゃんまで知ってるなんて、日本のアニメって本当に世界に誇れる文化ですね。




デンマーク・スウェーデンの旅 『ドロットニングホルム宮殿』 編

雨です。
とうとう二人の力でスウェーデンまで雨雲を呼び寄せてしまいました。

ドロットニングホルム宮殿(DROTTNINGHOLMS SLOTT) ★★☆ 
ドロットニングホルム宮殿1

ドロットニングホルム宮殿3
                             (注1)

ドロットニングホルム宮殿4
グスタフ・ヴァーサ王の息子、ヨハンⅢが王位継承後1579年、
王妃カタリーナ・ヤゲローニカのために、長年王家が所有していたこの地に
こじんまりとした宮殿を建築するよう建築家ボイに命じた。
この宮殿は、王妃に因んでドロットニングホルムと称された。
(ドロットニングホルムとはスウェーデン語で”王妃の小島”を意味する。)
しかし、王妃カタリーナは宮殿の完成を待つことなしに死去した。
この宮殿は、1661年に火災に見舞われ完全焼失した。

その後、1662年にカールⅩグスタフ王妃ヘドヴィグ・エレオノラ王妃の命により、
今の宮殿の建築工事が始められ、1756年までの間に増改築されながら
現在の3階建て220室の宮殿が完成した。
初期の建築は、王室顧問建築士ニコデミウス・テシン親子によるものである。
イタリア、フランスの影響を受けたバロック建築風の建築で北欧のヴェルサイユとも
称されるが、ヴェルサイユをモデルにしたものではない。
現在、この宮殿は、1981年より現王室一家の住まいとして使用されており、
夏期間中のみ一部を除き公開されている。

ドロットニングホルム宮廷劇場
ドロットニングホルム宮廷劇場
1766年、ルヴィサ・ウルリカ女王の命によって宮殿近くに建てられた
グスタヴィアン調の劇場。
ルヴィサ・ウルリカ女王の子グスタフⅢの時代に全盛期を迎えたが、
1792年グスタフⅢが暗殺されてからは劇場はさびれ、忘れ去られていた。
1992年に再開され、18世紀のままの装置が使われている世界でもユニークな
劇場である。


この宮殿はメーラレン湖畔にあって、ストックホルムからはバスやフェリーで行くことができます。
私たちは景色を楽しみながら、メーラレン湖を船36で行くことにしました。
ストックホルム市庁舎前から船に乗りこみ、ストックホルムの街や大小さまざまな島の景色を
楽しんでいると、約1時間弱で船からローヴ島にある綺麗な宮殿の姿が189

船から降りて木立の中を宮殿に向かっていると、本当に緑が綺麗で、王宮というよりも
別荘や離宮といった感じ。
よく見るヨーロッパの宮殿のように豪奢な感じはありませんが、自然とよく調和のとれた
素敵な宮殿でした。

宮殿内に売店があり、スウェーデン王室グッズが売ってたのですが、スウェーデンは
女性に王位継承権が認めれるようになって、次は長女のビクトリア王女が王様に
なるとレモンに聞いて、さすが”男女平等の国”と納得するバジルでした。

実は、レモンは子供の頃、何度かここを訪れています。
夏の暑い日にピクニックに来て、売店で買ったアイスクリームをなめながら家族で
散歩をしました1189
キラキラと輝く、緑に囲まれた大好きなこの地を見せたくてバジルを誘ってやってきましたが
外は雨、雨、雨。37
ちょっと久しぶりですっかり忘れていましたが、スウェーデンの夏は、晴れた日には
Tシャツでも暑いくらいですが、雨の日にはトレーナーが必要なくらい寒くなります230
レモンがいた年は近年まれに見る天候に恵まれた年だったので、そのイメージで
来てしまい、二人の服装は日本の夏そのもの202
どんより暗い空の下、雨にぬれながらガタガタ震えての観光となりました。
ゴメンネ、バジル。

(注1)実は、この宮殿は本物ではありません(笑)。行ったときは、工事中で宮殿の
    模様をしたシートが掛けてありました。写真をよ~く見てください。宮殿中央部分です。





Copyright © 旅 時々 Photo ところにより にわか雨 . all rights reserved.